泣きたくなる話

   泣きたくなる話Part36
『 サプライズ 』


2017.3.20 校長記

  幼い頃、私はよその家が羨ましかった。休み明けになると、友達の語る話は決まって何処何処へ行ってきたとか何々のイベントがあったとかというもの。友達が嬉しそうに話すのを、私はただニコニコしながら聞くだけだったからである。
  私の親は運転免許を持っておらず家には自動車がなかったので、どこかに連れて行ってもらった記憶もない(ばあさんに連れられて湯治に行ったくらいかな)。子供が楽しむような折々のイベント開催も佐々木家には殆どなかった。現在の私のサプライズ好きは、この幼少期の満たされない心の反動から来ているのかもしれない。ただ、自分が仕掛けるのは得意だが、仕掛けられるのは苦手である。嬉しさをどう表現していいか分からないのである。
  先日、娘たち夫婦から還暦祝いにと温泉に招待された。当日になるまで平静を装うのに苦労したが、内心は待ち遠しくて仕方なかった。やっと訪れた当日、ホテルに着くと子供たちがロビーで待っていてくれた。宴会前にひとっ風呂浴びて、まさに至福の時間である。
  宴会場へ。事前に4人で入念な打ち合わせをしていたと見えて、娘婿の緊張気味な開会の挨拶で始まり、乾杯、そしてしばし歓談と続いた。美味しい料理に思わずお酒も進む。両家からお祝いの品までいただいた(なかなか凝っている)。司会から、「それではお二人から一言」と向けられ、まずは家内から感謝の言葉が語られる。話がうまいなと感心しながら聞いていた。次は私の番。何を語ったのだろう、感極まってしどろもどろだったのは覚えているが・・・。幼い時の訓練が足りなかったせいで、上手に気持ちを表に出せない。もしかしたら喜んでないと思われているかもと不安になっていた時、長女からもう一つのプレゼントを渡された。白黒の写真である。人も写ってなければ、綺麗な景色が写っているわけでもない。???。家内は突然大きな声を上げた。何の写真か分かったらしい。
  えっ、もしかしてこれはエコー写真というやつ?それでなくても何が写っているのか分からない写真が、さらにぼやけて見える。30年以上前に妻から妊娠を告げられた時と同じような感情がゆっくり、ほんとにゆっくり湧いてきた。
  人を驚かせるのは得意であるが、これ以上のサプライズを企てたことはなかった。どおりで娘は豪華な料理に箸を付けないでいたわけだ。


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   泣きたくなる話Part35
『 有り難きことⅣ -足跡- 』


2017.3.12 校長記

  卒業式の前日は、どこの高校でも同窓会入会式と卒業式の予行が行われるのが通例だろう。本校も昨年度まではそうであった。しかし今年は違った。3年生だけ、もう一つの行事「卒業記念植樹」が午後に予定されていた。
  昨年の10月、一人の生徒が就職内定の報告に校長室を訪れてくれた。そのことだけでも嬉しかった。しかし、報告の後に語ってくれた彼の言葉に心を打たれた。彼は「受かりました!」と満面の笑みで告げた後、こう言葉を続けたのである。「就職の内定をもらうという目標がなくなり、生活がだらけてしまいそうです。そうなると、これから大学受験を控える仲間に申し訳がない。なので、新たな目標を立て、残りの高校生活はそれを達成するよう頑張ります!」と。力強い宣言だった。
  彼が掲げた目標とは、既に進路が決定した生徒とともに、卒業記念品として体育館に掲示する手彫りの校歌板を製作するというもの。自分を律して安きに流されないようにするという心意気と、仲間を思う優しさに感動した。しかし、そう簡単に事は成らないだろうと思いつつも、彼の卒業までの4ヶ月間が充実したものになるよう心の中でエールを贈った。
  その後、彼の提案していった卒業記念プロジェクトの話題は、残念ながらどこからも聞こえてこない。どこかでこっそり製作している形跡もない。さりげなく後方支援したのだが、やはり実現は難しかったか。仕方ない。でも、実現に向けての彼の努力は必ず将来生きてくるだろうなどと、期待した自分を慰めていたら、2月の職員会議に3学年から別企画の報告があった。聞くと、ここに至るまでには紆余曲折、いろいろあったらしい。しかし彼は諦めず、仲間を増やし、先生方を動かしPTAを動かして、卒業記念品を学校に残してくれた。平成28年度卒業記念植樹『輝望の木』と命名した桜の木を植樹してくれたのである。
  昼過ぎに始まった植樹式では、3年生全員がキラキラした表情で桜の苗木を優しく植えてくれた。『輝望の木』には、自分たちの3年間の「人のためプロジェクト」活動の総仕上げという意味があり、そしてまた、後輩たちが学業・部活動等に今以上の輝かしい成果を収めてくれるようにとの願いを込めたらしい。3年前にはあんなに幼く頼りなかった連中が、人としてこれほどの成長を見せてくれるとは。彼らは、自分たちの足跡をしっかり残してくれた。
  何年後になるだろうか、この4本の『輝望』の桜が満開に咲き誇るのは。今から楽しみである。





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   泣きたくなる話Part34
『 有り難きことⅢ -同窓生- 』


2017.3.5 校長記

  枕草子の「ものづくし」に倣って始めた「有り難きこと」シリーズ第3弾


  3月1日の卒業式に先立ち、前日の28日には同窓会入会式が執り行われた。同窓会の準会員だった生徒が、卒業を機に正会員として迎えられる行事である。
  同窓会とは『同窓生相互の親睦を深め、母校の発展に寄与する組織である』と言われても、「よしっ、母校のために頑張ろう」と奮起して卒業していく生徒は一般的には少ない(恥ずかしながら私もそうであった)。その証拠に、年1回の同窓会総会や各支部総会への出席者は高齢の方々ばかりで、若者の参加がない。この傾向はどこの高校にも共通する悩みであろう。
  などと言うことを考えながら入会式が進行していくのを見ていて、ふと昨年秋の出来事が思い出された。
  11月のある日のことである。一人の壮年の紳士が本校を訪れた。その日は大きな学校行事があり、私は慌ただしく動き回っていたため挨拶のみで失礼して、対応は教頭に任せた。夕方受けた報告によると、その概要は以下のとおりで、まさに同窓生の在り方を考えさせられる『有り難い』ものだった。
  その方は60半ば、福島市で税理士事務所を営んでいらっしゃる方で、卒業以来ずっと「あること」が心に引っかかっていたらしい。当日は意を決して福島からわざわざその「あること」を解決するために母校を訪ねてきたというのである。その「あること」というのは、40数年前の在学中のある日、新聞部員だった彼は学校の階段下に無造作に置かれた学校新聞を見つけ、記念にと『築高新聞第37号(昭和31年12月1日発行)』を一部持ち帰った。ところがその後、ことあるごとに持ち帰ったもののことが思い出される。決心するまでに大分長い時間を要したが、やはり母校にお返しして有効に活用していただこうとの思いに至り持参したというのである。封で包まれた新聞はすっかり黄ばんで、時の経過を感じさせるものとなっていた。



  彼が母校の思い出、部活動の思い出にと今後も持ち続けたとしても誰が咎めようか。階段下にうずたかく積まれていたということは処分される予定のものだったかもしれない。しかし彼は…。心中察するに余りあるほどの行為である。
  同窓会離れが悩みの種となっている昨今、同窓会とは損得抜きで繋がっていられる組織なのかと考えさせられる爽やかな出来事であった。そして、現代では死語になりつつある『愛校心』を思い出させていただいた。ちなみに、今年度の本校の同窓会総会や東京支部・仙台支部総会には、新卒者が多数出席して大先輩方を驚かせ、感激させてくれている。もしかしたら『愛校心』が育まれているのかもしれない。



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   泣きたくなる話Part33
『 有り難きことⅡ ーボールペンー 』


2017.1.29 校長記

  1月17日の放課後、校長室に1年の女子生徒がやってきた。お悩み相談?、或いは何かの依頼に?。いずれも違った。彼女曰く、お母さんの話を聞いてボールペンをもらいに来ました、というのである。
  これだけ聞いても読者諸氏には何のことやらお分かりにならないだろう。
  実はこの3日前の土曜日、1・2年生の保護者を対象とした進路ガイダンスを開催した。午後1時からは就職ガイダンス、2時半からは進学ガイダンスという日程で、私はそれぞれで開会の挨拶を申し上げた。保護者の方は、子供の進路に応じていずれかのコースに出ればいいのだが、彼女のお母さんは両方のガイダンスに出たらしい(熱心である)。そして帰宅後、熱心なお母さんはガイダンスの様子を熱く(これは私の勝手な想像だが)、娘に語ったらしい。特に開会の挨拶で話したことを。有り難いことである。
  就職コースでは、講師が外部の方だったので私が時間を取るわけにはいかない。短めに切り上げた。しかし、進学コースの講師は本校職員であることをいいことに、そして1・2年生の保護者の方々に直に話す機会はもうないからと、ついつい30分も語ってしまった(反省である)。例を挙げながら、進学を志す者の心構えや親の役割等々について。例によってシナリオもなく話すものだから、何を語ったか詳細には記憶していないが、彼女がボールペンをもらいに来たところを見ると、生徒にやる気を出させるために私が取った行動を紹介したらしい。
  それは、2年前の12月のことである。冬休みに入ると本校では、1年生の進学希望者を対象に、ホテルを借り上げて2泊3日の学習合宿を行う。初日の開講式では校長挨拶があり、例によって熱く語った。その時は確か、勉強のコツ(らしきもの)を説いた。受験生が鉛筆と消しゴムを使って勉強しているようでは駄目。受験勉強はいかに間違いを少なくしていくかがポイントであり、そのためには間違った箇所を消せないようにボールペンを使って勉強しないと…、と。もちろん熱く語るだけではない。使い切ったらいつでも換えを上げるから校長室に取りに来なさいという言葉も添えて、一人に1本ずつ配った。恩着せがましく自慢したのではなく、保護者の方々に伝えたかったのは、やる気の引き出し方の例として話したのである。事実、何人かの生徒は今でもボールペンをもらいに来ている。
  彼女のお母さんが私の話をどのような思いで聞いてくださったかは知る由もないが、少なくても娘のやる気スイッチを入れたことだけは確かなようである。きっと彼女は、お母さんの指示で校長室を訪れたのではなく自分の意思でもらいに来たはずである。何故なら、彼女の目は眩しいくらいキラキラ輝いていたもの。
  彼女が卒業するまで校長室にいられないのは残念であるが、願わくば残り2ヶ月のうちに、使い切ったボールペンを握りしめ、再度訪ねてきてほしいものである。



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   泣きたくなる話Part32
『 有り難きこと ー門松ー 』


2017.1.13 校長記

  「有ること」が「難い」こと、つまり「滅多にない」ことが、立て続けに身の回りで起きて、思わず泣きたくなった。そこで今回は、枕草子の類聚章段「ものづくし」に倣って、有り難きことシリーズで書いてみることにする。
  正月でもあるし、シリーズ第一作は縁起物の『門松』について。

  昨年12月22日、本校正面玄関にとても大きく立派な門松が飾られた。12月初めに知り合いから、築館高校の弥栄(いやさか)を願って門松を贈りたいと言っている方がいるのですが、迷惑ではないでしょうかと問い合わせがあった。迷惑なはずがあろうか、二つ返事で設置をお願いした。
  22日の昼、軽トラに積まれてきた門松を見てビックリ。失礼ながら、こんなに大きなものとは予想していなかったからである。車から降ろした後、丁寧に飾り付けをしていただいた。一対の門松に左右があるということや三本の竹の配置のしかた、縄の結び目にもちゃんと意味があること、竹の切り口が笑い顔に見えるようにと節の部分で斜めに切ること等々を教わった。



  1時間以上かけて綺麗にお化粧も整い、県内どこの学校にもないような門松ができあがった。退職前にこのように立派な門松が学校に届くなんて、有り難きことである。寄贈いただけたことだけでも有り難いことなのに、1週間後、痛んでいないかどうかの点検にわざわざ遠路来校いただいた。商業主義に走る風潮の今にあっては考えられないアフターケアである。さらに、どんと祭前には引き取りに伺いますからとまで。まさに、仕事とはかくあるべし、である。
  1月10日から学校はスタート。全校集会で紹介した。多くの生徒がスマートフォン片手に記念撮影をしていた。



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   泣きたくなる話Part31
『 立ち止まる 』


2016.10.21 校長記

  我が家には、佐々木家家訓なるものがある。一つは『落ちているゴミをまたいで通り過ぎてはいけない』、そしてもう一つは『道端の花でも、美しいものは立ち止まってゆっくり眺めなさい』というもの。

  今朝、出勤したときの話である。
  いつもの時間に、いつもの場所に車を停め、職員玄関に向かった。ちょうどその視線の先に、遠目で誰かまでは分からなかったが、一人の女子生徒の姿があった。ご家族に車で送られてきたのだろう。走り去る車に軽く手を振って、校舎裏手にある昇降口へと歩き出した。歩き出したと思ったら、中庭の手前で急に立ち止まった。私もつられて思わず立ち止まってしまった。車に忘れ物でもしたか?
  いや、彼女が歩みを止めた理由は、その後の彼女のとった動作ですぐ察しがついた。
  彼女はゆっくりと、ほんとにゆっくりと視線を上げていった。おそらく、目の前に立つ銀杏の木に目を止めたのだろう。黄色に色づいた銀杏のあまりの美しさに思わず足を止めたに違いない。
  日常の、何気ないほんの一瞬の出来事だったが、なんともほほえましい姿として私には映った。美しいものに足を止めて眺めた彼女、きっと素敵な生徒に違いない。



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   泣きたくなる話Part30
『 教師冥利Ⅱ -宿題- 』


2016.9.25 校長記

  3年前の入学式で私は、ピカピカの新入生に対し式辞の中で一つの宿題を出した。それは、「高校生活3年間という長い時間をかけて、しかも新入生全員の協力なくしては成し得ないような大きな事を成し遂げなさい。その事業のコンセプトは『人のために』…」というもの。
  以後彼らは宿題検討委員会を自主的に組織し、学年全員からアンケートを採るなど、宿題と真剣に向き合ってくれた。その後、秋口までかかって『人のためプロジェクト』という気の利いたネーミングの一大事業に決定し、3年がかりで期待以上の成果を収めてくれた(詳しくはHP参照)。
  入学式から3年経った今年の2月29日、翌日の卒業式に先立って同窓会入会式が開催された。来賓の挨拶で私は、例により以下のような有り難い話を語った。
  同窓会規約にある会の目的「会員相互の親睦を図り」とは、先輩・後輩の関係を大事にするという意味で、「母校の発展に寄与する」とは、本校卒業生として社会で活躍することという意味だと力説。そして、「同窓生になった第一歩として同窓会総会には必ず出席しなさい」と、高校生活最後の宿題を出して挨拶を結んだ。正直言うと、この宿題をまじめに履行する生徒はいないだろうと思いつつであったのだが…。
  こう述べてくれば、賢明なる『泣きたくなる』ファンの方々はもうお分かりだろう。そうである。7月に開催された同窓会東京支部総会に、関東方面に進学した10名の新卒生が出席してくれたのである。何と素直でいい子たちなのか。今までは総会に新卒者が出席することなど殆ど(全く?)なかったらしく、総会出席者の高齢化が課題の一つであっただけに、大先輩方は涙を流さんばかりに感激し、孫のような後輩たちを温かく迎えてくださった。
  宿題のことを忘れずに出席してくれただけでも驚きなのに、サプライズはそれで終わりではなかった。子供たちはステージで立派に自己紹介したかと思ったら、「総会の席ではありますが、お時間をいただいてもよろしいでしょうか。この場をお借りし、お世話になった校長先生の誕生祝いをさせていただきたいのですが…」と。これ以上のサプライズがあるだろうか。何と粋なことをしてくれるものか。おまけにケーキまで準備してくれていて、会場はハッピィバースディの大合唱となった。ケーキは、ホッケーのスティックを包丁に持ち替え、料理人目指して勉強中のT君が作ってくれたらしい。彼は調理師専門学校から帰ってから夜遅くまでかかって作ったらしく、当日は寝坊してしまったため走って会場に。案の定、箱から出したら形がすっかり崩れてしまっていた。それでも、味はどこの有名パティシエが作ったものより私には美味しかった。



  私は何と幸せ者なのだろう。齢を重ねること60回、これほど多くの方に、これほど素敵な形で祝ってもらったことなどなかった。でも素直に喜びを表現できない。何故なら会の趣旨は同窓会総会、しかも会場は先輩ばかり。それなのに私のことに貴重な時間を使ってしまって…と、どうしても申し訳なさが先行してしまった。もしかしたら彼らには、喜んでもらえなかったと思わせてしまったかもしれない。でも、3ヶ月経った今思い出しても、涙が出るほど嬉しい出来事だったのである。
  宿題をちゃんとやってきた彼らに、学校に帰ったら点数を上乗せしてやろうかと思ったが、もう卒業してしまっていてそれも叶わない。仕方ないから、彼らが成人して、思い出話を肴に酌み交わせる日を楽しみに待つことにしよう。お礼の仕方はその時まで考えておく。



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   泣きたくなる話Part29
『 教師冥利 』


2016.8.28 校長記

  「○○冥利に尽きる」という言葉があるが、教師をしていて嬉しいこと、まさに教師冥利と言えることのひとつに、教え子の活躍や成長がある。
  6月11日の土曜日の午後、『ホームカミングディ』を開催した。この行事は、就職した卒業生の早期離職を防ぐことを目的に、昨年から始めた行事である。6月と言えば働き始めて2ヶ月あまり、誰しもちょうど不満や迷いが出てきている頃だろう。そんな時に母校に帰り、心の許せる友人や恩師と近況を話し合い、愚痴を言い合って、もう一度元気を充填する。早い話、ガス抜きをさせるのである。そして、帰りには恩師からの激励の言葉を土産に、晴れやかな表情で帰っていってもらい、また翌日から新たな気持ちで職場に向かってもらう行事である。
  昨年は就職した生徒のほとんどが出席してくれたが、今年は土曜が休めない職場が多かったのか、就職生の半分、20名が集まってくれた。正装にネクタイの子もいれば、職場着で来た子もいた。始めは私からの開会の挨拶、有り難い話をしたつもりだが、何故か笑いが出ている。
  続いては近況報告。これが驚きであった。「単語」ではなく「文章」でしゃべっている。「やばい」「かわいい」「まじ」は一切出てこない。尊敬語、丁寧語も間違っていないし、謙譲語もしっかり使いこなせている。中にはユーモアを盛り込んだり、さりげなく会社の宣伝をする者までいる。先生方の目が点になっているではないか。反抗ばかりしていた生徒やしょっちゅう注意されていた生徒が、たった2ヶ月でこうまで変わるものか、まるで別人なのである。
  第一部の最後は恩師から。先生方は一様に、教え子たちの立派な挨拶ぶりを褒め、思い思いに素敵な言葉を贈っていた。中には、立派になった教え子の姿に涙ぐむ先生も。そしてなんと、転勤された先生もホームカミングディしてるではないか。こんな素敵な先生方に見守られて、生徒たちはホントに幸せである。
  旧クラスごとに分かれた第二部は、ケーキやジュースをいただきながらのミニ同窓会と化し、あちらこちらから「やばい」「かわいい」「まじ」の声が。もうすっかり高校生に戻って大盛り上がり状態。予定の時間もあっという間に経過し、もう終わりですか、という声が聞かれる中、教頭先生に閉めていただいた。
  たった3ヶ月であれほどの成長ぶりを見せてくれた卒業生、今後はどんな困難に苦しみ、どうやって乗り越えて更なる成長を遂げてくれるのだろうか。風の便りででもその活躍ぶりを届けてもらいたい。そして、どっぷりと教師冥利に浸らせてもらいたいものである。



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   泣きたくなる話Part28
『 奥ゆかしい 』


2016.8.18 校長記

  前回に引き続き、今回もちょっと前の話で恐縮ですが、ある生徒の行動に心が揺さぶられ、我もかくありたいと強く思わされた出来事を紹介します。
  4月、明日から新年度の新学期がスタートという前日の7日にその事件は起きました。
  花山からバスに乗って本校の近くにある栗原中央病院に来た一人のおばあさん、バスを降りると折悪しく外は雨で、どうしたものかと途方に暮れていました。そこに通りすがった本校の女子生徒、彼女は迷うことなく「これをお使いください」と、差してきた傘をおばあさんに差しだし、自分は濡れるのもかまわず学校へと走り去ったのです。
  ここまでは築高生なら当たり前の行動です。私が深く考えさせられたのは、この後の彼女のとった行動でした。
  診療が終わって自宅に戻ったおばあさんは、ご家族に朝の出来事を伝えました。家族一同いたく感激。早速ご家族の方が学校に、傘とお礼のハンカチを持って見えられました。生徒さんに直接お礼を言いたいので、何とかその親切な生徒さんを探してほしいと。さらに有難いことに、このような親切な生徒さんがいる築館高校は素晴らしいとまで言っていただきました。
  翌4月8日の朝、該当生徒は名乗り出るよう各ホームルームで呼びかけてもらったのですが出てきません。考えていた有難い(?)式辞をキャンセルして、始業式でも全校生徒にこの心温まるエピソードを披露、心当たりの生徒は申し出てと優しくお願いしました。しかし出てきません。もしかして、雨に濡れて風邪を引いて休んでいるのかと、欠席生徒を調べましたが誰も休んでいない。もしかして、傘を貸したのは他校の生徒だったのかな、いや、確かに本校の校門に姿を消したといいます。一週間待ったのですが、やはり誰も出てきませんでした。おばあさん宅にはその旨を連絡すると、その『奥ゆかしさ』をまた褒められてしまいました。
  グローバル化が声高に叫ばれ、西欧イズムが良しとされる風潮にありますが、果たしてそうでしょうか。電車が数分遅れただけでお詫びの一斉放送が流れますが、これは、時間は守るべきものとの日本人の礼儀正しさが為せる技です。日本人は意思表示が弱いと非難めいて語られることが多いけれども、グローバル化が進んでいるからこそ、奥ゆかしく謙虚であることは日本人の美徳のひとつと、もっと自信を持ってもいいような気がします。そんなことを、名乗り出なかった彼女は私に教えてくれました。



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   泣きたくなる話Part27
『 スマホ考 』


2016.8.4 校長記

  7月上旬に東京出張があった。ここ宮城にいれば自家用車通勤だし、電車に乗ることも滅多にないので気にならなかったが、田舎者からすると、都内の電車内の光景は異様である。立っている人も座っている人もスマホを片手に一心不乱に“何か”している。私の右隣に座っている妙齢のご婦人は必死にメールを、左隣に座る中年のサラリーマン風男性はムツムツとツムツムをやっていた。
  世間では歩きスマホが社会問題化して久しいが、先月からはそれに『ポケモンGO』が拍車をかけて問題を複雑化している。商業主義が大手を振って道の真ん中を歩いていいのだろうか。このスマホ問題は、学校にも影を落としていて、授業中にこっそり机の下で…とか、家庭学習の時間を削ってメールしているとか。この対策に全国どこの学校でも頭を悩ませてきた。これほど便利なツールなのに、これほど学習を阻害しているものも他にない。携帯依存症患者がどんどん増えてきている。
  このような現状にあって、つい最近、スマホがらみの嬉しい出来事があった。かつての教え子(高3の息子を持つ母親)が、「先生聞いてください!」と興奮気味に私のガラ系に電話してきたのである。聞くと、「そろそろ本気出さないとヤバいから解約してきて」と高3の息子からスマホを差し出されたらしい。これだけでは、いくら私でも理解できないので、さらに詳しく聞いていくと、こんな話であった。
  高3の息子はかなり成績が良いらしく、医学部志望。端から見れば羨ましい限りなのだが、やはりどこの家庭にもそれなりに悩みはあるもので、教え子ママのところではスマホが悩みの種だった。小さい頃から勉強しなさいと言わなくても自主的にやっていた息子が、高校生になってスマホを持った途端、スマホの優先順位が勉強を追い越してしまったのである。部屋を覗けばいつも携帯。使用時間を決めても約束を破って布団の中で見ていたり。取り上げられても、いつの間にか探し出してくる始末。こんなことで受験は大丈夫なのかと心配は増すばかり。あまり口やかましく注意しても反発を招くだけと、ある時は『スマホでバカになる』というタイトルの本をさりげなくリビングに置いてみる作戦を決行したが、これも失敗。最後は、本人が気付くまで待とうと腹をくくり、スマホの話題には触れないようにじっと我慢してきたらしい。果たして、このご両親の涙ぐましい努力と工夫、そして息子を信じて我慢して待った結果、「解約してきて…」となったというわけである。お母さんの喜びは、私の想像の及ばないほどのもの。おそらく彼は医学部に合格するだろう。だって、『解約』まではなかなか出来ないことだもの。
  全国のあちこちで先生と生徒が、親と子供がスマホを巡って今日もバトルを繰り広げているに違いない。私も家内から「あなたもそろそろガラ携からスマホに換えたら」としきりに責められ、ちょっと揺らいでいる。



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   泣きたくなる話Part26
『 感動三度(みたび) 』


2016.7.9 校長記

  今年も泣いてしまった。今日ほど言葉の力、音楽の力を痛感したことはない。
  7月9日の土曜日、栗原文化会館を会場に、本校の一大イベントである長谷川杯争奪校内弁論大会と合唱コンクールが開催された。昨年度までは平日開催であったが、保護者の方々からの要望を受けて休日開催に変更した。
  午前の弁論大会は、私が高校生の頃から続く伝統ある大会。しかも現在では、弁論大会なるものを開催している高校は、県内で本校だけかもしれない。何よりも凄いのは、全校生徒全員が弁論原稿を提出するというところ。伝統の力は凄い。一次審査、二次審査を通過して、今日の本選に出場できるのは6名だけであり、今日ステージに立てるだけでも名誉なことなのである。審査委員長を仰せつかったが、ついつい一聴衆になりかけてしまっていた。彼らの弁論を聞いたら、決して「今時の若者は…」なんて言葉は出てこない。

  早い昼食タイムを挟んで、午後からは合唱コンクール。しかし誰一人としてランチをとる者はいない。クラスごとに最後のリハーサルに余念がない。午前中には目立っていた空席もいつの間にか埋まり満席状態。会場の雰囲気は整った。昨年度までは自由曲一曲の披露であったが、今年から課題曲も加わった。昨年まで3回聴いてきたが、やはり学年が上がるにつれ完成度も上がる。しかし今年は、3年生の出来は例年どおりであるが、1・2年生の出来栄えが素晴らしいと感じた。音楽に関しては歌も楽器も全く才能のかけらもない私であるが、生徒が心を一つにして歌う姿には感動するほかない。私の前に座るお母さんが、しきりに手を顔に運んでいた。私の手にも何故かハンカチが握られている。
  授業時間確保のために行事の精選が叫ばれて久しい。学力向上は学校の責務であり、私も否定はしない。しかし、合唱コンクールの果たす教育効果に意義を見いだし、本番までの2週間、授業を5分短縮にしてまで生徒が打ち込める環境を整えてきた本校を誇りに思うし、それに応えて朝・昼・放課後とひたむきに練習してきた生徒を自慢したい。
  今日の本番を迎えるまでには様々なドラマがあったようである。本番当日は甲子園予選の開会式とぶつかっていてコンクールには出られないのが分かっているのに、クラスメートと一緒に練習してきた野球部員(何と、雨により開会式は明日に順延となって合唱コン参加。天もなかなか粋なことをするね)。クラスにはピアノ伴奏できる生徒が誰もいず、犠牲的精神から思わず手を挙げてしまった生徒。彼女はこの2週間、全てをピアノに捧げていた(個人的にはこの子に伴奏者賞を上げたいくらいのいい出来だったことを申し添えておく)。はじめは斜に構えていた生徒もいつの間にか夢中になっていたり、普段は口数の少ない生徒が凄い歌唱力の持ち主だったことが分かり急に存在感が増したりと、他にもまだまだドラマがあったに違いない。これがいいのである。これが青春なのである。4月8日の始業式で、「今を、ひたむきであれ。 今に、ひたむきであれ。」という言葉を贈った。何かに没頭する姿、ひたむきな姿は実に美しい。

  泣きたくなる話1「高校生の特権」と16「伝統行事」でも泣いているのだが・・・。

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   泣きたくなる話Part25
『 因果応報 』


2016.6.19 校長記

  私はよく、お酒が好きそうとか強そうと言われるが、実際は甘党である。飲みそうな風貌と付き合いがいいからなのかもしれないが、人を見かけで判断してはいけない。どうしてこんな話から入ったかというと、今から紹介する話(2月の話でごめんなさい)は、おしゃれな洋菓子店で、これまたそこの素敵な奥様から聞いた話だからである(あまり関係ないか)。
  プレゼント代わりにケーキでもと、学校の帰りに私のお気に入りのケーキ屋さんに立ち寄った。お店ではあまり会ったことはなかったのだが、その日はカウンターに奥様がいて、「あら、校長先生。ご自宅にお土産ですか、優しいこと・・・」と、店内のお客さんが振り向くくらいの大きな声をかけられた。何とも照れくさく、適当に買って早く退散したかったのだが、奥様の話は止まらない。「聞いてください、校長先生。築高生いいですよ。今時なかなかいませんよ・・・」こうまで言われたら帰るわけにはいかない。何がいいのか分からず聞いていると、こういうことらしい。
  そのおしゃれなケーキ屋さんには、店の外に誰でも休めるテラスがある。そこで本校きっての美女4人がお店で買ったパンを食べていたので、少し声をかけて、試食用のパンをあげた。この行為は、奥様にすれば特別なことではなく、普通のことであるらしい。ところが、奥様が本校生に感激したのは、彼女たちが食べ終わったあと店内に入ってきて、改めて「有難うございました」「ご馳走様でした」と言ってから帰って行ったという点。テラスでお礼は言われても、店内まで来て言う子たちはいませんよと、少し興奮気味に教えてくださった。
  奥様の声に多少気圧されつつも、いずれにしても本校生が褒められるのは嬉しいものである。ただ、ちょっぴり不明な点があったので、当人たちに事の顛末を改めて聞いてみて合点がいった。
  夕方、4人がパン1個ずつを買ってテラスで食べていると、中にいた店員さん(実はこの方が話の止まらないオーナー夫人)が出てきて、「築高生だよね?最近みんな頑張ってるね、応援してるからね」と声をかけられた。それだけで幸せな気分の彼女たちに、さらにパンのサービスが。電気をつけ、寒くてごめんねと気遣いの言葉まで。彼女たち曰く、普段は自分たち高校生がどこかにたむろしているだけで怖がられたり迷惑がられたりするのに、店員さんの優しさが身にしみて心が温まり、誰言うともなく無意識に「あの行動」に出たというのです。
  優しさは優しさを呼び、思いやりは思いやりを生むのでしょうか。

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     泣きたくなる話Part24
『 ショック 』


2016.5.15 校長記

  今回は箸休めみたいな話です。さらっと読み流してください。


  私は結構、人から「若い」と言われることが多い。自分でも、還暦などという自覚は全くない。しかし先日、自身の老いを感じ、愕然とした事件があった。恥ずかしいので紹介しようか迷ったが、情けなくて涙がちょちょぎれたので、敢えて紹介することにした。
  今はやりの言葉を使えば、私の一日のルーティンは愛犬の散歩から始まる。目覚ましは5時半と5時45分にセットしてあり、1回目で起きられれば今日は調子がいいかもと、1回目でぐずぐずして2回目で起きた時は、ちょっと疲れが溜まっているかなという具合に自己分析している。
  事件が起きたその日は、1回目の目覚ましで起きた。
  服を着替え、用を済ませて玄関へ。ウォーキングシューズを靴べらを使って履き(体が硬くなっている)、リードを持って玄関を出る。すると愛犬の朔太郎は、今朝も来たかという顔をしておもむろに小屋から出てくる。私は「おはよう」と声をかけ(この辺が私の礼儀正しいところ)、繋がれたチェーンをリードに付け替え、さぁ出発。
  「アレッ?」、一瞬、何がどうなっているのか理解できなかった。左手で首輪に繋がったチェーンを持ち、右手に持ったリードに付け替えようとしたが上手くつながらない。それもそのはず、何と、右手に持っていたのはリードではなく、靴べらではないか。すぐに辺りを見回した。誰も見ているはずがない、まだ5時半である。
  これが老いると言うことか。いや、私はまだ若い、若いはず、若いと信じたい。
  ショックで、このことはまだ家内にも話していない。

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     泣きたくなる話Part23
『 落ち葉ガールズ 』


2016.5.5 校長記

  前作から3ヶ月も空いてしまいました。数少ない「泣き話」ファンの方々にお詫び申し上げます。この間、泣きたくなってなかったわけではありません。特に3月、4月は別れと出会いの季節で、いつも以上に心が震えるようなことが沢山ありました。ここからはペースを上げ、貯めておいた「泣きたくなった話」を一気に紹介していきます。
  3月29日は離任式。転任される先生は、それぞれの思いやメッセージを離任の挨拶に込めて生徒に、そして私たち教職員に残していってくださいますが、その中のお一人の先生は、5日前にあったエピソードを紹介してくださいました。


  3月24日のこと。終業式の日でしたが、式の前に2時間ほど、「築高芝桜プロジェクト事業」の引き継ぎを兼ね、1・2年生全員による7,500株の芝桜植栽行事が行われました。3年前の事業立ち上げから中心となって関わってこられたその先生は、3学年所属で特に役割もなかったのですが、何か出来ることがあればと植栽場所へ足を運びました。植栽は1・2学年の生徒と先生方とでワイワイガヤガヤ。そこで先生は2年前に植えた芝桜の上を覆っているケヤキの落ち葉拾いを始めました。ところが、拾っても拾っても落ち葉は一向になくなりません。そうこうしているうちに植栽作業は終了したらしく、生徒も先生方もゾロゾロと引き上げていきます。厄介なことを始めてしまったと後悔しながらもやめられずにいると、1年生らしい二人の女子生徒が先生の前で足を止め、「お手伝いしてもよろしいでしょうか」と声をかけてきたというのです。自分の分担作業が終わって疲れたであろうに、落ち葉拾いに苦戦している先生を見過ごせず、黙々と手伝ってくれました。
  離任の挨拶でこの話を紹介してくださったその先生は、与えられたことすらやれないことが多い中で、ごく自然に声をかけ、当たり前のことのように手伝ってくれた女子生徒の姿に、今の築高の姿を見たと話を結んでくださいました。自分が褒められたようで、何とも誇らしい気持ちになりました。


  この話には後日談があります。
  本校の職員玄関前はロータリーになっているのですが、離任式が終わってほとんどの生徒が帰る中、そのロータリーの縁石に座って弁当を食べている生徒がいました。赴任して3年、そんな場所で弁当を食べる生徒など見たこともなかったし、お客さんも通るところなので、行儀が悪いから教室に入って食べなさいと普段なら注意するところです。しかしこの時ばかりは、二人が醸し出す何ともほのぼのとした雰囲気、ほほえましい光景に、「寒いからね」とだけ声をかけ、その場を離れました。
  そしたら何と、この二人が落ち葉ガールズだったのです。離任式で自分たちのことを取り上げ、褒めてくださった先生にお礼を言おうと職員室に行ったら、あいにく先生は外出中。それでは待ってようかということでロータリーでのランチに。外出した落ち葉先生の帰りを1時間以上もニコニコしながら待っていたということでした。

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